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死生観が変わってきている


「アエラ」で「死生観の変化、自然死の急増」という記事を読みました。


1980年代まで病院の数は右肩上がりに増加し「最後は病院で亡くなる」というのが亡くなり方の多数派でした。過剰診療とでもいうべき事態がおきました。医師たちは「1日でも長く生かすための治療」に専念するようになったのです。あちこち管に繋がれた状態になる患者が増えました。


20年ほど前、姉や義兄の見舞いに病院を訪れるとどの部屋にもそういう患者さんがいました。


姉が肝臓がん末期で大腿骨を骨折してその手術跡がうまくつかず(糖尿病のせいで)傷跡がひどく痛みました。我慢強い姉が痛みでうめき続けていてエレベーターを降りると遠くの姉の部屋からうめき声が聞こえたほどでした。主治医は「この痛みは癌の痛みではなく傷の痛みなのでモルヒネは使えません」と何度お願いしても取り合ってもらえませんでした。姉は本当にかわいそうでした。


その話を私の肝臓の主治医にして「どうしたらそういう状況を避けられるのでしょうか?」と伺ったら、「主治医に自分の意思をよく伝えておくこと(痛みは最大限に減らして欲しい、延命治療はしないなど)書いたものを渡しておくこと、家族にもよく言っておくこと、尊厳死協会に入るのもいい」と言われました。


7年前に亡くなった友達は、そういう話をお嬢さんにしていなかったので、強いモルヒネを使うタイミングにお嬢さんはとても悩んでいました。「自分がゴーサインを出したら母は死んでしまう」と何度も私に電話してきて、私が「お母様は苦しみが終わることを望んでいるはず、安楽死を望んでらしたのよ」といくら言っても踏ん切りがつかなかったのです。私は娘に「少しでも苦しいとか痛いという様子があったらモルヒネをどんどんうって終わらせてね」と言ってあります。


尊厳死協会に入っています。

趣旨は以下のようなものです。
「いたずら
に死期を引き延ばすための延命措置(胃ろう、人工呼吸、水分補給を含む)は一切しないで下さい」「私の苦痛を和らげる措置は最大限に実施してください」


今、私の通っている病院では「私のリビングウイル」という手帳があり、回復が見込めない状態になった場合の選択肢を選ぶようになっています。

 1。人工呼吸器、心臓マッサージなど生命維持のための

   最大限の治療を希望する

 2。人工呼吸などは希望しないが、高カロリー輸液や胃ろう

   などによる継続的な栄養補給を希望する

 3。継続的な栄養補給は希望しないが、点滴などによる水分

   補給は希望する

 4。点滴などによる水分補給も行わず自然に最期を迎えたい


国際医療福祉大学の高橋教授が言っています。

「死生観はこの10年ぐらいで大きく変わった印象です。ウチに来る人やその家族は延命治療を望まない人が大半ですね。」

「あと数年かそこらで、この国の高齢者の死生観がまるっきり違うものに変わると感じています。」


 モノを食べられなくなって点滴もしなければ、個人差はあるけれど、3日から1週間で息を引き取っていくそうです。まさに「自然死」型の亡くなり方なのです。患者も苦しまない、家族も辛くない、それならそのような流れになるのでしょうね。


もちろん「命ある限り精一杯生きたい、あらゆる手段で命を留め置きたい」と思う方もいるでしょう。最期を迎えるにあたり選択肢があるというのがいいと思います。主治医と家族に伝えておくことが大事だと思います。

 







コメント

No title

み-な様、こんにちは、ブログ読まさせていただきました。色々な人の死生観があるのですね。私の父の場合は、在宅酸素になってからも昨日まで体の調子もよくて、翌日の朝に朝食はあまり食べたくないと言い、少しまた寝ると言ってから急に様態が変わりその日の夕方に亡くなりました。在宅の看護師さんに急いで来ていただき、父の隣の部屋で
もう時間がないかもしれないのでご身内、親類の方に連絡して下さいと急に言われ、マスク型の酸素に切り替え流量も少しあげ、その日の夕方に亡くなりました。父の兄弟、孫達もかけつけ、マスク中でありがとうと言ってました。休みの日でしたのでかかりつけ医にもなかなか連絡が取れず、それでも主治医が来てくれたほんの数分前まで頑張りました。主治医曰く、普通は、もっと苦しむのに眠るようでしたねと言ってくれました。(父は我慢強い方なので、様態が変化するときに苦しいとは言っていましたが)結果論ですが、朝に様態が急変した時に、看護師さんに救急搬送を願い出れば違った結果になったのかなと素人考えですが悔やまれます。去年の暮れでしたが、この調子なら年を越せる、クリスマスもやれる(父の誕生日が12月24日でした)誤燕のことも考えて、アイスケ-キなら食べられるかと24日着で注文した翌朝でした。その時はこの病気はそんな小さな家族の楽しみを容赦なく奪うのかと思いましたが、先日、父の仕事場の事務所で電話帳ぐらいのファイルを見つけ、預貯金やら仕事関係の書類、最後にメモ書きで兄弟仲良く、お母さんを大事にしてほしいと記してありました。いつ書いたのかと思いましたが親父らしいと思ってます。湿っぽいお話で申し訳ございませんでした。でも、み-な様は肺の陰影も良くなっているようなので、まだまだお元気でお体ご自愛下さい。応援してます。一日も早く、特発性なんていう診断がこの世からなくなるのを願うばかりです。

石飛幸三先生の『平穏死』という本も読まれるといいと思いますよ(^^)

No title

かんさま

コメントありがとうございます。
お父様の最期のご様子お知らせくださり
よくわかりました。
まだほんの去年の末のことだったのですね。
お辛い闘病ではないのはよかったですね。
メモ書き見つけられて嬉しかったことでしょう。

私は今はステロイドをのまなない日の
元気のなさに困っています。
でも慣れていくのでしょう。

かん様もどうかお元気で!



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むぅさま

コメントありがとうございます。
ぜひ読んで見たいと思います。

お父ちゃん、お元気そうでいいですね。
皆、むぅさんの頑張りのおかげ!

まだ何回も美味しいお寿司が
食べられますように!

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