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間質性肺炎と言われて1年半

聞いたことのない病名「間質性肺炎」と言われてから1年半がすぎました。お医者様が「間質性肺炎です」とおっしゃった時、「肺がんじゃないのね、肺炎なら良かった」と単純に思ってしまいました。行きつけのクリニックの院長先生でしたが私がそのようなことを言ったら、困った顔をして「癌ではないけれど簡単な病気ではありません」と説明をして下さいました。私はあまり理解できませんでした。

何かの症状があって行ったクリニックではありません。月に1度、痛み止めと胃の薬を頂くために行くクリニックで「聴診器は先生の趣味なのかな」とふざけたことを毎回思っていました。その聴診器で先生が飛び上がるほどの大きな音が聞こえたそうです。ずっと呼吸器科の先生でいらしたので捻髪音ですぐに間質性肺炎を想定されたようです。レントゲン、CTを撮ってすぐに確定されました。

なかなか確定されなかったブロガーの方と比べると症状が出ない前にわかった私はラッキーなのでしょう。それから大きな病院への紹介状を書いて頂いてその病院通いが始まりました。

しばらくして段々と間質性肺炎とは何かが少しわかって来て「KL-6が2000以上もある人の余命は1年半」という記事を大きな病院のホームページで見つけて「後1年半なんだな」と覚悟をしました。KL-6は一番高い時は4800になったこともあります。

自分が稼がないと家族が困るわけでもないし、子育て真っ最中でもないし、人生でしたいことは全部したような気もします。
「恵まれた幸せな人生だった、この辺で終わりでもいいかも」と思いました。娘も連れ合いも私がいなくてもなんとかやって行くでしょう。

病気を秘密にする気は全くなかったので、親しい友達にはこのことを伝えました。

この間会った中学からの友達が「このことを聞いた後、EちゃんとAちゃんと何度も電話で話したのよ」と言っていました。

「み〜なさん、あと1年半と言ってるけど、私たちどうすればいいのかな」と。「しつこく『どうなの?』とは聞けないから3人でそれぞれみ〜なさんに連絡する」「お互いに何かみ〜なさんのことでわかったことがあったら知らせる」「間質性肺炎のことを調べてみよう」などと話し合ったそうです。

本当にありがたいことです。この3人はパソコンもスマホもしないので、私がブログを書き始めても読めないから、過程がわからず、今こんなに元気になったことが信じられないようでした。

小学校からの友達、大学の友達、職場の友達、いとこなどは皆さんブログを読んでいて、最近の元気をともに喜んで下さって、会う約束などをしたりしています。

それにしても最近の私の元気なこと!このブログ村にいて申し訳ないくらいです。能天気なことを書いている時「これでいいのかな」と思いますが「こんなに元気になった人がいる」と少しでも明るい気持ちになってくれればいい」と思っています。

1月には息切れでバス停までも3回休んでやっと、酸素飽和度は苦しいと80をきる、という状態だったのに、いまは肺のことを忘れていられます。

好転の原因はなんでしょう?
 1。メトホルミンを飲み始めた
 2。ステロイドを減らした(来週の診察日からゼロになる)
 3。加湿器を使わなくなった(主治医のご意見)
 4。わからない、ただラッキーだった

ステロイドが減ったせいで、体重が6キロも減りました。この間、会ったYちゃんが私があまり食べないので心配していました。食欲は戻って来ていません。あと2キロ痩せたいのでこれでいいと思っています。「食べよう」と思う時の数時間前に何も食べないとある程度は食べられます。例えばランチを食べるなら朝食をほんの少しにする、夕食を外食するならランチをほんの少しにするという具合です。

食べなくて元気がでなくなっているなら、頑張って食べようと思うのでしょうが、いまは自分でも不思議なくらいに元気モリモリです。家中の整理整頓がしたくて、冷蔵庫や冷凍庫の中もきれいに整頓しました。「少ししか食べないのに元気って、コスパがいいな」と自分で笑ってしまいます。

「余命1年半なんて書き直して下さい」と余命を書いた病院に言いたいです。間質性肺炎と言われてKL-6の高い方に、声を大にして言いたいです。「きっと大丈夫、こんな人がいます」と。







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