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the green green grass of home の深い意味

私がこのブログでもよく書いていたA君が得意だった歌 'the green green grass of home'を歌ってみようと思って歌詞を見ました。日本語版は1、2番の意訳のようです。緑あふれる田舎を思う気持ちが美しいメロディーで歌われています。


  汽車から降りたら 小さな駅で

  迎えてくれる ママとパパ


ところが英語の歌詞は、3番に深い意味があると初めて知りました。トムジョーンズもカラオケもこの3番は半分、語りになっています。


1。

The old home town looks the same 

As I step down from the train,

And there to meet me is my Mama and my Papa.


Down the road I look and there comes Mary 

Hair of gold and lips like cherries.

It's good to touch the green, green grass of home.


2。

The old house is still standing 

Though the paint is cracked and dry,

And there's the old oak tree 

That I used to play on.


Down the lane I walk with my sweet Mary, 

Hair of gold and lips like cherries.

It's good to touch the green, green grass of home.


Yes, they'll all come to meet me, 

Arms reaching, smiling sweetly.

It's good to touch the green, green grass of home.



3。

Then I awake and look around me, 

At the four clay walls that surround me

Then I realize that I was only dreaming.


There's a guard and sad old padre

Arm in arm we'll walk at daybreak.

Again I touch the green, green grass of home.


Yes, we'll all be together 

In the shade of the old oak tree

When we meet beneath the green, green grass of home. 



「夢だったんだ」とはA君の歌を聞いている時からわかっていましたが、よく読んでみると、guard って牢屋番?padreって牧師ですね。夜明けにこの二人に腕をとられて歩く?死刑の朝という意味なんでしょうか?


最後の行のbeneath は、1番や2番のようにtouch ではなく、草の下という意味を持っているのですね。古い樫の木の影になっている草の下に埋められて、皆と会うのだと書いてあります。


この辺りの歌詞は歌手によって少し違っていますが、どれも処刑の朝だということがわかります。


知らなかった、A君、ちゃんとわかって歌っていたのでしょうか?「もちろんわかっていたさ」という声が聞こえそうですが、何も考えずに雰囲気で歌っていたようにも思えます。会って聞いてみたいです。死刑なんて考えないで、緑豊かな懐かしい家に帰ってパパとママと会うという気分だけで歌っていた方がA君らしいと思うのですが。


カラオケに行ってこの歌を歌ってみました。聞き覚えがあるというだけでは歌えないのだと思い知りました。Aくん、一緒に歌いたかったなあ。








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