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若き呼吸器科医

私は長いこと英語の教師をしていました。
20年前、同僚から甥ごさんの医学部受験の英語の家庭教師をしてほしいと頼まれたことがありました。

その頃は仕事をどんどん増やし、大学や専門学校で英検とかTOEICを、河合塾で大学受験やTOEFLを、自分の塾では中1から高3までを教えていて、時間が全くありませんでした。

それでお断りしましたが、自宅にきてくれるということ、医学部受験のお手伝いならしたいという気持ちがあって、合格まで見届けたことがありました。

利発で、魅力的な人柄、コミュニケーション能力がある、という印象でした。受験のこつというか、勉強のしかたさえ学べば、問題ないと思いました。見事に合格しました。

私が間質性肺炎になったと聞いて、その時の教え子が連絡してくれました。

何度かメールを交わし、電話でも長話をして、とても楽しい充実した時間をすごしました。
現役の若いお医者様と、医療や間質性肺炎について、あれこれ話をするという貴重な体験ができました。

私のブログを最初から読んでいてくれていましたので、色々なことを
聞いたり答えてもらったりもしました。

特に印象的だったメールを抜粋したいと思います。

間質性肺炎について
前提として大切なことは、間質性肺炎というのは、カテゴリーとしてはとても大雑把なカテゴリーであり、何の間質性肺炎なのか?という診断がまず重要な問題になってきます。

その原因やもう一歩踏み込んだカテゴリーでの診断となると、非常に困難であり、確実に〇〇間質性肺炎と言い切ることはほとんど、出来ないのが現状かと思います。

なので、診断があいまいなまま、治療に踏み切らなければならないというのが、非常に難しいところです

はじめに「間質性肺炎です」と告げられた時に、このような説明があったらよかったと思います。実にわかりにくい病気なのだということを、私が理解するのにはかなり時間がかかりました。)

ただし、選択肢に関して適当に効く効かないと言っているわけではなく、ある一定のcriteriaを決め、患者集団を定義し、第3相試験にて優位な結果がでたので、医師として進めることができるものもあります。

(彼はちょっと難しい言葉を使っていますが、例えば、この種類の患者ならオフェブが効くんではないかというようなことですね)

呼吸器医になった理由
僕が呼吸器内科を選んだ理由の一つが間質性肺炎の研究でした。
祖父が間質性肺炎で亡くなっていること、研修医時代に、間質性肺炎の診断や治療に納得がいかなかったことからです。
今でも、呼吸器内科学のなかでも間質性肺炎は特に意識しているカテゴリーです。

医療についての考えかた
医学ではなく、医療として病気と付き合うというのも、常時考えていることです。
僕が意識している事は、患者、家族、医療者が三位一体となって、
目標設定から行い(ここが結構重要かと)、何をしているかを意識
して、そのための医療行為を行う事と思っています。

彼はとてもいいことを言っていると思います。
ただ、今の大学病院の忙しさで家族をいれて話し合うのは難しいですね。時々、家族がつきそって、一緒に医師の話を聞くといいと思います。
目標を決めて(間質性肺炎が治ることという目標はむりだから、
可能性がある目標ですよね?)そのための治療を行うのが理想です。

そのためには、様々な人と接し、話しをして、自分の人間力が必要だと考えています。
これも「いいこと言ってるなあ」と思います。

緩和ケアについて
大学病院のようなところは専門性が強く、自分の分野以外(たとえ必要な緩和医療のようなことでさえ)を勉強しない先生がとーーーっても多いです。
僕がこの病院に来た時は本当に緩和医療に対してのレベルが低かったのですが、最近はだいぶましになりました。

(緩和については、地域差、病院差、診療科差がまだまだあるので
患者は自分である程度の知識をもっているのがいいと思います)

締めくくりの言葉
とにかく、今は色々な選択肢があります。
もし、「こんな選択肢はないのか?」等があれば、僕なりにも考える事は出来ますので、僕のためにも教えてもらえればと思います。

今このような仕事をさせて頂けるようになれた事、先生にご指導頂けたおかげと本当に思っています。


こんなメールをもらえて、若き呼吸器医と交流できる私は、とても恵まれていますね。
しみじみありがたく思います。
彼の言葉に甘えて、今後は画像も共有し検査結果その他で彼の意見を
聞いていきたいです。

私は、老いが辛くて、母と姉が亡くなった70才をこえてからはもう私の人生はこの辺で終わりでいいと、誰からも非難されそうなわがままなことを考えています。
「深刻な病になったら積極的な治療はしないでなるべく苦痛の少ない道を選んでいこう」とかねてから思っているのでまじめないい患者とは全然いえません。
若い方はもちろん高齢者も病気に積極的にたちむかっていく方達には心から尊敬し応援したいと思っています。
私のようには思わないでほしいです。

「いいかげんな患者」である私と、「若くて熱心な呼吸器科医」の組み合わせ、これからどうなるんでしょう?

コメント

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良かったですね

教え子が呼吸器内科医だなんて、本当に良かったですね。色々聞けない本音のところが聞けるように思えます。自分の受け持ち患者には、言えない内容も当然にあるでしょう。

がんの治療方針というのも、患者のどう生きたいか(=どう死にたいか)ということをすくい取って、決めていかねばならない、という論調になってきています。
間質性肺炎も同様に、若い人の場合と、高齢者の場合、その人がQOLが下がってもとにかく生きていたい、と思っているのか否か、そういう点を考慮して、「目標」をまず定めてスタートして欲しいものです。
それには患者側の客観性--「治らない病気であること」への理解--が必要だと思っています。

心強いですね!

教え子さんが呼吸器内科医とは心強いですね。
これからの交流が楽しみですね。

私もなるべく苦痛の少ない道を選びたいです。
今から「緩和ケア」にも興味があります。
できれば、最期は人工呼吸器はつけないで、モルヒネや麻酔?等で呼吸のできない苦しさを感じないように眠らせてもらいたいと思っています。

No title

ゆりりんさんへ
コメントありがとうございます。

QOLなのか命なのか、目標を決めることの重要性、そうですね。

患者側の客観性、「治らない病気であることへの理解」が必要と
いうことも、本当におっしゃるとおりだと思います。
いつもブログへの訪問、ありがとうございます。

No title

インマイライフさんへ
コメントありがとうございました。

苦痛の少ない道、緩和ケアなどの方向をさぐるのも
いいですよね。
なんとかして延命、苦しくても延命、管をたくさんつけても
延命という方向はいやだという人もいると思います。
インマイライフさんが同じような考えでよかったです。

いやだという

No title

インマイライフさん

私からのコメントの最後に、「いやだという」という謎の言葉が
入ってました。
ごめんなさい。
無視してください。

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