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なぜ私が難病に?


難病にかかった人は「なぜ私がこんな病気になったのだろう?」と考えることがきっとあると思います。
もちろん私も思いました。
なぜ私なの?

私は、ただ運命だと思っています。
偶然といってもいいでしょう。

運命だとは思わない人に言いたいことが二つあります。

因果応報」とは絶対に考えないでほしいと思います。何か悪いことをしたからその罰で病気になったと考えて自分をおいこむのはまちがっています。「あの時あんなことをしたから?」
「あのことかもしれない」なんて考え出したらきりがありません。心が傷つきます。そういうことではないのです。極悪人でも病気にならない人だっているし、天使のような人だって病気になることがあります。

もう一つ私が納得のいかない考え方があります。神が苦しみに耐えられる者として選んだからという考えです。色々な苦しみに耐えられると神が選んで、さまざまな苦しみを与えたという話が旧約聖書の中のヨブ記にでてきます。(私はクリスチャンではありませんが、何かの授業で読みました)

「ヨブ記」は実に難解な書物であって、昔から色々な解釈があり、私ごときが簡単に例にだすべきではないのですが、以前から「ヨブ記」が気になっていました。ヨブは善人だったのですが、これでもかというほど悲惨な目に次々あいます。持ち物すべて(牛、ロバ、羊、しもべ、息子たち、娘たち、家)を失い、体中に悪性のできものができ、ひどいありさまでした。神様がヨブは試練に耐える力があるからとヨブを選んだのだと以前に読んだ時に解釈したので、心の中で信じてもいない神に向かっていいました
  え〜! 私もヨブみたいに選ばれた?
  冗談じゃありません。
  神様、私は甘ちゃんで、試練に耐える力なんて全然ありませんよ〜

とにかく次から次に不幸が襲ったとしてもそれは「耐える力があるから」と神がお選びになったということは絶対ないと私は思います。

難病になるのは、運命なのだと思います。
なぜ私が? 偶然です。

運命ならただ受け入れて、その中で少しでもラクに生きられるよう、小さな幸せをみつけられるようにしていきたいと思います。


追記
ヨブ記のテーマは、「人生はなぜ苦しみがあるのか」ということです。 でもヨブ記の中にその答えはありません。
ヘーゲルや遠藤周作も試みたのですが、答えはみつからなかったようです。ヨブ記は長い間に改悪されて構成がおかしくなっているようだというのが新説だそうです。

ヨブは結局、どんなに悲惨な目にあっても信仰を失わなかったのでなくしたものをとりもどし(亡くなった娘や息子はもどらなかったが新たに得た)前半生より後半生の方が倍の財産と健康と長寿を与えられたというストーリーになっています。
口語訳を読んでもさっぱりわかりません。


コメント

運命ですね

私は今年の2月に特発性間質性肺炎に罹患していることが判明した時は途方にくれました。
なぜ、こんな難病にかかってしまったのだろう。。。悪い夢であってほしい。。。と病院のベッドで何度も何度も考えました。

しかし、もう、これは「運命」ですね。
今は運命を受け入れて、少しでも毎日を心地よく過ごすことを心がけています。^^
良い主治医との出会いもあり、ブログで同じ病気の仲間もできて、不安や孤独感はかなり薄れました。
ありがとうございます。^^

No title

人生いろいろです。もともとのんきな性格なので、大変な病気だと覚悟はしていますが、周りのみんなが落ち込まないよう笑って暮らしています。2014年3月膠原病・間質性肺炎がわかってから脳動脈瘤の手術 糖尿病 骨粗鬆症 圧迫骨折などいろいろ経験して、今に至っています。来年70歳いつまで続くかな~

No title

インマイライフさん
こんにちは〜〜
コメントありがとう。
運命なんですよね〜
同じ患者仲間、ブログ仲間がいてうれしいです。
お互い、好調が続きますように!

No title

サヨさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
間質性肺炎以外にもいろいろなことがおありになって、それでも
笑って暮らしていらっしゃる、すごい方なんですね。
治療はステロイドだったのでしょう。
脳動脈瘤の手術もされてるのですね。
これからは、どうか平安な日々でありますように!

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